現代日本型BI/IMに至る経過

1. はじめに

 わが国のビジネス・インキュベーション(以下BI)は、1980年代後半から1990年代初期において、かながわサイエンス・パークや島屋ビジネス・インキュベータに代表される研究開発型企業創出の試みから始まりました。

 その後、通産省(当時)主導による日本新事業支援機関協議会(JANBO)創設により全国的発展促進の過程を経て、現在は日本ビジネス・インキュベーション協会(JBIA)による、地域毎のニーズに対応した地方創生の時代に変遷しています。30余年にわたるわが国BIの足跡を振り返り、今後の日本型BI/IMを展望します。

2.第1世代型から第5世代型へ

 アメリカで生まれた典型的なビジネス・インキュベータ(BI施設)は、雇用創造に顕著な成果をあげたことから、世界中がこれを学び、さらに効果的なものにしようと様々な試みの結果数多くの方式が生まれました。

 そしてアメリカの最初の試みから25年程遅れ、わが国でも迫りくる産業の陰りに備え、BIを学び優良事業創出に最も効果的と思われた、大型施設による技術開発・急成長型の事業創造方式が試みられました。これをわが国における第1世代型BIと分類します。

 しかし、時と共に、この何百億円もかけた事業は、地域開発的には賑わいを創出しているところもありますが、投資に応えるような事業成果がそう簡単には出て来ないことや、都市部においては可能性があるが、非都市部では困難なことが明らかになってきました。しかし、幸いなことにこれら先行事例の努力により、BI事業運営におけるIMの存在意義やノウハウの基礎が蓄積できたのです。

 2000年、JANBO発足直後、国内先行事例のノウハウを基にIM養成研修を開始し、ソフト面の普及に加え、ハード面では投資を回収しやすい廉価な新造施設を採用したり、有休化した公共建造物の改造によるBI事業が多数始まりました。これをわが国の第2世代型のBIと分類します。

 そして、この施設の中でIM達が経験を積むにつれ、地域産業政策の期待にそれまで以上に応える方式として、戦略的でソフト重視、なおかつ地域事情や日本人の性格を考慮したプログラム中心で施設を伴わないBI事業が生まれてきました。これを上記に対し第3世代型のBIとします。この変遷のきっかけは、わが国と比べ5倍も起業率の高いアメリカ方式を学んで始めたものの、先進国では起業率最下位というわが国民性では、国情に合う方式へと変遷せざるを得えなかったのです。

 国や大学が起業家教育を大々的に推進してきましたが、一国の国民性は10年やそこらで変わりようもなく、逆にこれらの事実を前提とし、費用対効果の上がるBI方式が編み出されてきたのです。

 さらにその先の第4、第5世代型については、後ほど説明します。

3.JANBOと共に ~現代BI/IM論へ~

 BI/IMという用語の意味する背景は、世界中で様々であり、なお且つ時々事刻々変化しています。起業率がアメリカより高く、これから先進工業国を目指そうとする中国は、工業団地に一気に日本の中堅企業に当たるような企業を生み出すことを、BIと称しています。それとは対照的に、約30年をかけて発展してきたわが国第3世代型のBIの基となる、日本型「現代BI/IM論」の要点を説明します。

 1959年、BIの原型が生まれた当時のアメリカの経済事情と、わが国のBIが始まった1980年代後半とは当然のことながら経済事情はかなり異なります。またアメリカで職の無い失業者が起業という選択をせざるを得なかった事情、起業に対する国民の受け止め方、起業家(者)に対する社会の理解度もわが国とは大きく異なっています。今にして思えば、そのような違いがあるにも拘わらず、BIが地域振興に多大な貢献を果たしたという評価のみに注目し、その背景にあるものを軽視してきたところにわが国BI事業の足踏みがあったようです。しかし、それに気付きそこから脱却し、しかもわが国に合った方式が生まれてきたのは、JANBO事業の一環として行われた人材育成事業により輩出されたIM(インキュベーション・マネジャー)達の努力があったからに他なりません。

 1999年に5年の時限で始まった新事業創出促進法の名称は、通産省(当時)がBIをこのように和訳したようで、アメリカで普及しているBI施設数と同様、わが国においてもBI事業を全国的に増やすため、中核的支援機関を整備しました。この法律により、地域プラットフォーム毎にBI施設の整備も進み、2000年から始めたIM研修シリーズには、2016年現在継続されており、約1200名の方々が受講しました。

 今までになかったIMというBI実行人材を多数輩出したことで、最初はBI事業のコアである起業家育成のみであったものが、経験を積むにつれBI事業の戦術的な内容から、明確な目標や定量的な効果を考えるマネジメントという本来の機能へ高まりました。併せてBIの目標を創出する戦略志向のニーズが高まったことから、2007年にはIM研修の中に戦略要素を加味し、これらの総合から、日本型BIが完成域に達してきました。そして、現在はBIのことを「産業創造」、 IMのことを「産業創造師」と解説しています。

 この結果、一人一人の起業家育成と、その成果である事業創成に注力することになり、そこまで実力が付くと最後に到達するところは、BIの本来目標である、「豊かな地域」や「富の創造」で、一つ一つの事業を束ね大きな効果を追求する産業創造になります。

 但し、ここまで来ると一人で成し得る仕事ではなく、自治体の産業政策担当部署との連携なしでは達成し得ない事業となります。幸いなことにわが国には「産業プラットフォーム」という新事業創出促進法が構築したインフラのお陰で、人的連携さえできれば産業創造は手の届く範囲にあります。

4.IMのキャリアーパス ゴールは産業創造師

 BIが上述の発展を遂げたのと合わせ、IMの機能も変化してきました。すなわち、初期のアメリカのIMは、失業者が生計を立てるために起業するのをサポートする仕事でした。でもわが国は、経済が厳しい他国にくらべそれほど失業率が高いわけでもなく、また起業する人も少なく、さらに新規事業を受け容れるカルチャーも乏しく、わが国なりの方式を30年間追求した結果、アメリカのような典型的な創業支援ではなく、わが国なりのやり方が生まれてきたのは先述のとおりです。

 わが国初期のIMも最初は「起業の相談員」であり、これはIMの基本能力であり今も変わりはありませんが、これだけではIMではありません。BIという用語がまだ珍しかった頃は、起業を支えるだけでもIMの存在は貴重でした。しかし、BIがここまで普及し、IMの基本的な職能内容がわかってくるにつれ、ビジネス経験者が容易にこの分野に進出しており、わざわざ大金をかけてビジネス未経験者を相談員に養成する必然性が薄れてきました。

 しかし、IMにはBIのマネジメントという、忘れてはならない最も大切な職能があります。これは起業者を育成し、事業創成を効果的に果たし、BI事業の投資効果をあげることです。そして地域を豊かにするのがゴールであり、地域全体を想い、IM活動の上流を考えると、いやがおうでも地域産業政策との整合なしに実施することは不可能となります。それゆえ、IMが経験を積むにつれて到達するところが「産業創造師」になるのです。

 一つの事業を創造するためには、事業計画を満たす要素をすべて結合しなければなりません。起業家が一人でこれを実行できれば問題はないのですが、複雑な現代社会の中でこれを達成するのは容易ではありません。そこで事業が成立するよう第3者が能動的に要素結合のお手伝いをすると事業や産業が生まれる確率が高まります。すなわち地域という容器の中で、産業創造という合成反応を加速する触媒の役割がIMの職能にたとえられます。更には地域内に産業が生まれやすいような要素を補っていく事もIMの仕事になってきます。

 そうなるとIMの専門性における知識習得は際限がないように思われますが、IM一人でそれを獲得するのは無理なので、浅い広範囲な知識は必要ですが、深い専門性は専門家とのネットワークにより満たすことで補えば良いのです。ネットワークはIMの勤続年数に比例して大きくなり実力を発揮していきます。プロが誕生するまでには年月が必要ですが、IMも例外ではなく、IMも経験を通して完成していきます。

 人間は本来上昇意欲のある存在であり、希望があればこそ、そこに人としての生きがいを感じます。そうなると起業相談、事業創成、産業創造という経験の積み重ねによる能力の獲得により、IMのキャリアーパスが形成されます。

 わが国では新しい産業政策実施場面で、不足機能を補うためにコーディネータとかアドバイザーという名称で、類似経験を有する人を、単職能、短期契約で充当していますが、IMへの期待はこれとは全く逆に、産業創造における幅広い活躍場面で高い目標を示し、本人が望むのであれば意欲と知恵と行動により高度なところを志向してもらおうというものです。産業という現代の富の源を創出する人材がいつまでも素人集団では、国際競争から脱落します。従って、IMは経済産業政策における「産業創造師」として新しいプロを目指して活動してきましたが、2016年度のJBIA産業創造師創出事業により初めて産業創造師が誕生します。

 この「師」は国家資格の「士」とは異なり、プロの領域に達した人をIM間で認めるもので、一定の要件をクリアーしたら良いというものではなく、経営者である社長と同様時代のなかで絶えず技量を磨くことが求められます。喜ばしいことにわが国はこの新しいプロを輩出するところなで到達したわけです。

5.「自立」を目指すJBIA

 JANBOは2008年度で活動が終了し、BI/IM事業を今後も継続するため、JBIAを組織しました。その理由は、産業創造は人の活動により達成されるもの、達成までにはしかるべき時間が必要という基本理念により、この目的で輩出され全国で活動しているIM達のモラルや能力を維持するためには心理的な拠点が不可欠と考えるからです。
同時に約10年余JANBOにより続けたわが国のBI/IMのあり方を改めて問い直す機会でもありました。そのきっかけとなったのは、JANBOが呼びかけて始まったアジアのBI関係者の集まりAABI(Asian Association of Business Incubation)および今までお手本としてきたNBIA(National Business Incubation Association)等から得られる情報です。

 産業創造の考え方は、世界の経済環境や時代毎の国々の潜在能力や国民性、産業動向などを考慮してなされるべきで、他国の成功をひたすら追いかけてはみたものの、わが国では通用しないところも多々露呈しました。明治の富国強兵殖産興業の時代は、国家が産業創造の牽引役として機能し、今工業発展途上国がそのような状態にあります。しかし、先進国といわれる国の経済は民間活動により繁栄し、国家や自治体の役割は行き過ぎの規制や、衰退産業の救済となっています。

 さて、発展途上国でもなく、成熟衰退国家でもないわが国はどちらに属するのでしょうか。嘗てのJANBOでは、公の観点から全国一律のBIを推進してきましたが、経済や産業の実態は各地各様です。そして大きくても小さくても、産業創造はそこに暮らす住民が生きるための挑戦意識で臨まないと自立は果たせません。そうであるならJBIAも事業者と同じ立場で運営の自立を基本としないと実態と乖離します。虚ではなく実を直視し、潜在する非営利人材資源を活用することでさらに新しい日本的な第5世代型BIが見えてきます。

6.JBIAの5年「多様化の中で」 2013.5加筆部分

 任意団体JBIAを発起したのが2008年、翌年には法人化し2期4年が経過し会員会費に支えられた非営利型民営協会として合わせて5年が経過しました。この間全国の会員から様々な情報を得て全国を俯瞰するとまた新しいものが見えてきたのでそれらをまとめてみました。

(1)産業プラットフォームの試みはどうなったか

 JANBOと共に全国に約50程生まれた県の新事業支援実施機関、別名中核的支援機関群により国内に産業プラットフォームが構築され、誕生から16年以上経過したわけですが、果たしてわが国の起業率は向上したのでしょうか。これを示すものとして米国のバブソン・カレッジを中心としたグローバル・アントレプレナー・モニターという調査報告を参照してみます。この調査は2000年以降毎年継続的に実施されトレンドを知る上で大変参考になります。

 ところが驚いたことに、わが国はベンチャー支援と称して国や県は過去10年以上にわたり多大な資金を投じてきたのですが、目下公表されている2011年の資料を見る限り、日本の起業率は10年間何等変わっていないという事実でした。(2001年の資料は掲載省略)今となっては古い資料ですが、わが国からこの調査に参加する団体がなくなったので日本の位置は不明となっています。

(2)先進国の特徴

 この調査報告では、従来国毎の起業率を単純に比較していましたが、2011年度では初めて経済構造の違い毎に分けて集計しています。その結果、Innovation-Driven Economyと分類される先進国では他の経済構造圏に較べ起業率が低いことがわかります。さらに2011年から起業家型従業者、いわゆる企業内起業活動の調査も実施され、興味深い結果が出ているのでそれも掲載してみました。

 先進国のように企業が発達すると、とても強力な存在となりそれらに抗して起業するのが難しくなる半面、企業内起業が活発になるのは容易に想像されるところで、上のグラフはそれを端的に示しているといえます。では、日本はどんな特徴を持った存在なのでしょうか。

(3)多様性の再認識

 かながわサイエンスパークが生まれた1990年代初頃、BIとは技術開発の急成長型企業創出のことで、これら優秀な企業の出現と株式公開による成長で多くの雇用の場を創出すると説明されていました。あれから四半世紀余、初期BI活動の結果やわが国経済環境の変化を考え合わせると、この方式を維持することが一概に誤りであるとは言えませんが、とても現実味があるとは言えないのは歴史が示しているし、何よりも全国一律の方式を推進することに問題なしとは言えません。 そこで、今までの知見により得られた起業家(者)の種類と産業インフラ(支援機関種類)の関係を整理してみると概ね下図のようになりました。

(4)これからのBI/IM    <Produce> & <Commit>

 世の中に経済を牽引するような起業家(Extreme Entrepreneur.)が存在することは確かですがその数は本の一握りであり、しかも天才的なそれらの起業家は自らの力で起業し成長します。資金が必要なら自ら金融機関と交渉したりVCから調達しています。今にして思えば、初期の産業プラットフォームの役割が「ベンチャー」育成であったことを思うと、余りに理想過ぎ支援の必要ないものを公的に創出すると施設整備がなされましたが、かなり無理のあった設定といえます。

 その一方で、疲弊していく地域では住民の暮らしを維持する地域産業が必要であり、一般的に従来の慣行が支配的な中で新たな経済活力を作るのは容易ではありませんが、ここにこそ公としての産業プラットフォームBI/IMの役割があるのではないでしょうか。

 但し、産業のカルチャーと行政のカルチャーは異なります。前者は時と共に経営力で変化し続けなければならず、後者は決まったことを確実に果たすところに信頼があります。そして地域住民の暮らしを維持するという公の原則のもと、方法は民の柔軟性に委ねることで最良の仕組みが各地で生まれています。これらIMの先達によって築かれた貴重なノウハウを伝えるべくJBIAは活動しております。

 こんにちBIが対象とする「産業創造」の内容はとても幅が広く、地域の違い公と民の運営目的の違いなど多様性を認識しなくてはならないでしょう。それ故双方のIMにとって共通する何よりも肝心なことは多様性の中で「地域毎のミッション(使命)」を考える力であり、このためにJBIAは産業創造師という新たな職能人材IMの育成に注力しているのです。これからのIMには地域に適合した産業をProduceする能力が益々必要とされ、その産業つくりが決まった暁にはただ起業者にだけ任せるのではなくIMも率先してCommit(協働)していくことも求めらます。現在のIM養成はこの考え方の基で研修を行っています。

 BI/IMの在り方を追求していくと、近未来の地域産業の姿と既存産業群の間のギャップを埋めたり、複雑に分化した既存の仕組みのなかで、あたかも縦糸に横糸を通すような活動をすることにより解決可能なことが沢山見えてきます。それを実行するのがIMで、既存の士業でもコンサルタントでもコーディネータでもありません。これが現代日本型BI/IMの説明ですがお解りいただけたでしょうか。

この機能達成には高い能力と強い志が必要とされますが、これを一人の人間がやるには困難なので、ネットワークによる解決を薦めています。現代はSNSなどネットワーク手段が飛躍的に向上したので、facebookの上手な活用を図るなどトライしています。http://www.facebook.com/Jbia.topicsも併せてご覧ください。

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