九州エリアでは初の産業創造師が2024年に誕生。その方が、櫻木祐宏さん。
一度見知ったら忘れることのない、圧倒的な存在感です!(笑)。2001年IM認定から約1/4世紀、長崎・大分の地域活性をはじめ九州エリアのIM連携の推進、そしてJBIAの牽引役のおひとりでもあります。今回は櫻木さんのしらしんけん※面白いご活躍の一端をご紹介させていただきますね。(※しらしんけん…大分の方言で「非常に」「一生懸命」の意)
◆おいたち
現在では過疎地域となっている、しかし実に自然豊かで神秘的な場所に生を受ける
櫻木さんは、大分県国東(くにさき)市出身。国東市は大分県北東部、国東半島東部に位置しています。大分の空の玄関口大分空港も国東市にあります。古より六郷満山文化の影響によって寺社や石仏、石塔、仏跡が数多く残る「仏の里」とも呼ばれている場所です。
高校時代までを仏の里で心豊かに過ごされ、大学は九州における大都市、福岡へ。国立大学の法学部へ進学されます。入学直後にお父様が急逝されます。けれども学費免除という親孝行息子として緩やかぁ~に充実した大学時代を満喫されたようです。お母様はその後おひとり暮らしでしたが、現在もご健勝で櫻木さんご夫婦と一緒に国東にお住まいです。
◆大学卒業~金融マン時代
金融マン、なんて懐かしい響き!時代の申し子のようなバブリーなリーマン時代。
お父様急逝という突然の不安での始まりとなった大学生活ですが、その後は時代のよい波に乗り、難なく金融業界大手に就職。櫻木さんはお仕事においては特に「ご縁」に強い方とお見受けします。ご親戚・同郷の方であったり、先輩であったりと「人とのご縁」で面白い仕事環境へ導かれて行かれました。幾度かの転勤や出向、また新規事業の立上げを本社(東京)また地方支店で行うなど、格付け機関でのお仕事も含めると、金融に関するあらゆる業務に約20年に亘り携わる金融業のプロでいらっしゃいます。都度その時代の先端を行く金融業の仕組みづくりに取り組まれてこられました。その間、当時は気づかなかったとおっしゃっていましたが、様々な経験が「創業支援」のきっかけ、醸成期間であったかもしれないとのこと。確かに多岐にわたるご経験は、その後大いに役立つことになります。自分には向かないな、やめようと思うたびに、タイミングよく開設業務に関わるお仕事をこなしながら、日本経済の盛り上がりの時代、バブル期、そして破綻期を経験されます。波に乗り、波に揉まれるのもまた貴重な体験です。
さてその破綻期にあって、中央と地方の差を目の当たりにすることとなり、地方、そして地域、生まれ育った故郷のことなどへも深く関心を抱くようになります。このままでは地方は廃っていくだけではないかと。地域創生、地域産業創造への気づきですね。
幾度となく転職の機会(他業界、またなるべく九州方面)を模索していた頃に、長崎県が民間人材の募集をしている、と地元の親戚の方から情報を得ます。大学卒業後金融業界20年、初めての転職が自治体職員となります。仕組みや考え方、もちろん身の処し方もこれまでとは全く違う業界です。けれどもまずは九州へ戻れる!地方の活性化への第一歩が踏み出せる!地域産業創造への挑戦が始まります。
◆公務員・長崎時代
星野会長との出会い。本当に求めていたものに巡り合えたけれども… ママさんバレーで乗り切る!?
日本全体としては起業家への政策がよちよち歩きの時期にあって、そのなかでも長崎県はトップを行く事業を展開するタイミングだったそうです。自治体職員として「限られた時間で成果を出すこと、奇をてらう新しい提案を毎年すること」などを求められます。その中で、短期決戦を求められる一方でコツコツと地道に創業の意を解く布教活動を開始するのでした。星野会長・IM・BIを知るのもこのタイミングとなります。起業の風土を作るために、まずは庁内で同僚に起業への理解を深めてもらうこと、次に起業者への支援、さらに支援者の育成を根気強く「続けて」いかれます。
まず着任年度に最近まで続いた「NAGASAKI起業家大学」事業に加わり、起業家教育をスタート!地道な布教活動の効果もあり、入庁年にその意を理解した同僚により予算化に成功。トーマツ(デロイト・トーマツグループ)と連携してカリキュラムの共同開発と実施にこぎつけます。このカリキュラム開発には、すでに面識のあった星野会長からも多くのご助言をいただいたそうです。星野イズムを静かに反映しつつ、水面下で着々と起業家支援の仕組みづくりが進みます。半年で16回の講義と終了後には起業家の仲間意識醸成のためのノミニケーションというスタイル(現在は不明) で、15年間携わります。トータルで200人弱の卒業生を輩出されたそうです。事業のこだわりの一つに、受講生(起業家)が最終回で知事同席のもとプレゼンテーションを行うことを必須とされたそうです。これは最近まで踏襲されていたそうです。(因みに、2021年度までNAGASAKI起業家大学として事業が継続されています。)
また起業家育成の他に、全国初の自治体LLPを立ち上げます。長崎県と地元金融機関とともに2億円×2本のファンド事業にも挑戦されました。(10年間で30社程度の投資実績)金融の仕組み、特に投資の仕組みなどに精通した金融業界出身の櫻木さんだからこそ調整できた事業ですね。そのような視点からすると、長崎県は金融のプロが身内にいて本当に良かったのだと思います。
けれども、起業家教育やファンドだけですぐに上場企業が生まれるわけではありません。自治体と民間企業の違いや現実と理想の乖離を痛感する長崎時代だったと語られます。いま振り返ると、ご自身のIMとしてのキャリアを積む時間となり、日本式のBIの姿などを後に知る、貴重な修行の時間だったようです。
◆センター長・大分時代~
さて、またしても「ご縁」が繋ぎます。そしてついに櫻木さんを郷里大分へ呼び戻すことになるのです。大分県庁の若い有望な職員が、起業風土の醸成と起業家育成の可能性と必要性を強く感じて予算化までこぎつけます。彼がこの新事業のリーダーを探している、とIM仲間から声をかけられます。長崎時代の経験や気づきをまとめた資料が決め手となり、「おおいたスタートアップセンター」(2015年~:以下スタセン)のセンター長として就任されます。
大分にはそれまでIT起業家向けのインキュベーションがありました。IT事業においては思いのほか優秀な起業家を輩出しており、それは当時そのインキュベーションでIMをしておられた方々のご尽力の成果でもありました。(東証一部上場企業も輩出:モバイルクリエイト株式会社) けれども、ITという時間との勝負でもある起業家が在籍するには少々不便な場所で、年々入居者が減少傾向にありました。
ITにこだわらず、広く創業の根を生やそう!という、この新規事業は、県としても期待の星!(というよりもはや期待の塊!!)でした。櫻木さんの他、前述の県職員の若者(出向)そして私(がようやく登場(笑))がコンシェルジェとして3人のチームで県内の起業風土醸成、起業家育成が始まりました。
スタセンは、櫻木さんがアイディアを提案し県出向者が予算を作り、BI構築を行うスタイルです。それまで一支援機関であった箱モノを、県のハブ機関として仕組みをがらりと変えられました。
ハブ機関であるためには、県内各地域に支援者が必要となります。そこで、地域人材を起業支援者にすべく大分県版のIM養成講座がスタートしました。この他スタセンでの櫻木さんの実績は(すべてゼロからスタートなので全部!なのですが)、特に意識されたこととして、地域のIMが増えることによる、例えばイベント、セミナー数、またそれらへの参加者数の増減などを全地域実施分について数値化・データ化することでした。これにより、IMが増えると確実に反応が広がる(数値が増える)ことがわかってきました。このようなデータは、他県には見受けられず独自データとして県も把握するところです。(これはオススメ)
ご本人の事情もあってセンター長は5年任期で2020年春に退任されましたが、今振り返るとスタセンがハブとなって創業支援の波が行きわたったかなぁ、という感じだそうです。これには私も全く同感です。
◆現在の活動
(一社)さくらインキュベートデザイン研究所 代表
スタセン在職中に準備を進めていた民間ファンドの立上げを、離職後まず実現されます。地元金融機関1行と京都にある独立系ベンチャーキャピタル(FVC)とで総額3億円のLLPが成立しました。このFVCという選択肢もまた「ご縁」でした。そこに勤めていたIM仲間がいたのでスピーディーに進んだそうです。このファンドは、R7年現在2件のエグジットの他、追加投資も行い現在も順調に運用中とのことです。櫻木さんが以前からお考えであった地域における金融セクターが入ったスタートアップエコシステムが整いつつあるともいえるでしょう。
スタセン離職後、引き続き支援活動をすべく(一社)さくらインキュベートデザイン研究所を立ち上げ、創業に限らず企業支援も行う事業の他、個人事業主としてはライフワークでもある古代史ミステリーの解明を、ツアー仕立てで地域活性にもつながる企画、運営などもなさっています。かつての思い:地方創生、産業創造実践の場を自ら創業され、これまでのご経験や構築されてきたネットワークを上手に地域活性に繋げながら、現在はさらに生き生きと活動されています。
◆IMとして 産業創造師として思うこと
みなさんへのメッセージ
そもそも「産業」を創ることはとても難しいことである、と。IMは普通は単独で予算を持たないので、予算化できる立場の人へ、仕組みの創造についてしっかりと伝えられることが肝要とお話しくださいました。このタイミング(公的機関離職後)での産業創造師としての使命は、まず慢心しないこと、謙虚であることを肝に銘じていらっしゃいます。ベテランIMとして、決しておごらず、初心を忘れず、また新しくIMへなる方への見守りの心も忘れずにとのことです。これはご自身の使命感であるとともに、私たちにも共通しますね。よく、ノウハウの伝授などと言いますが、これも単なる手法の話ではなく、根本にある実は思想的なもの、あるいは哲学的なものについても、まずは皆さんが個々に考えてみてほしいとのことです。「グローバルに興味を持ちつつ、日本ならではのアプローチを、まずはしっかりと自分の頭で考えていきましょう、私もそうし続けます。」とまとめてくださいました。
◆むすび
座右の銘は何ですか? とお尋ねしましたら、(櫻木さんはいつもそうなんですけれど、ひとつ、とかひと言が苦手な人です(笑)) どうしても3つ、と引かないので以下お伝えしますね。あなたの心に留まるいずれかを紐解くと、櫻木さんのことが少し理解できるかもしれません。
“行蔵は我に存す、毀誉は他人の主張、我に与らず。”(勝海舟)
“深く考えよ、静かに行動せよ。”(George F・Kennan)
“遊びをせんとや生まれけむ、戯れせんとや生まれけん” (梁塵秘抄)
如何でしたか?百聞は一見に如かず。まずは櫻木さんに声かけてみてください。拙文長々とお読みいただきありがとうございました。
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