滋賀県産業支援プラザに、経営相談室長と販路開拓課長を兼務し、地域経済を力強く牽引する人物がいる。彼のキャリアはWindows95登場以前のIT支援に始まり、現在は地域全体の産業をデザインする「産業創造師」を担う。その歩みは単なる記録に留まらない。それは、滋賀県における創業支援の歴史そのものであり、一人の人間がいかに故郷と深く向き合い、その未来を育もうとしてきたかの物語である。地方創生が叫ばれる現代において、彼のような存在が地域に与える意味は計り知れない。本稿では、インタビューを通じて得られた彼の言葉から、その支援哲学、地域への想い、そして未来への展望を紐解いていく。
1. 支援哲学の体系化 —「インキュベーション・システム」の構築
彼のキャリアが本格的に始動したのは、平成14年「米原SOHO」のインフラ整備だった。産業支援プラザの前身の滋賀県中小企業情報センターでインターネット普及に尽力した彼にとって、それは新たな事業が生まれる「土壌」創りの始まりだった。この原体験を基に、先輩IMが構想し、彼が実行部隊として実現したのが「インキュベーション・システム」である。
この構想の核心は、インキュベーションを個別の施設運営ではなく、連続性のある一つの「システム」として捉える点にある。創業前の「プレインキュベーション」、創業直後の「メインインキュベーション」、事業が軌道に乗った後の「ポストインキュベーション」。この切れ目のない支援の連鎖が、持続的な新事業創出に繋がると確信していた。
この思想を象徴するのが「プレプレインキュベーション」たる「ビジネスカフェ」だ。「フリー、フランク、フラット、withファン」の4Fをコンセプトに、いわば「起業の卵」たちが集う場を創出した。そこでは、業種や年齢を超えた多様な人々が活発に交流し、新たなアイデアや思いがけない協業が生まれる化学反応が絶えず起きていた。平成18年の開始当初、初年度は3ヶ月で2,700名を集め、以降も毎年1,000名以上が足を運ぶ創業のメッカとなり、地域の機運醸成に計り知れない貢献を果たした。
この取り組みは、中小企業庁「創業機運醸成賞」や「イノベーションネットアワード2012」会長賞を受賞するなど高く評価されている。それは単なる成功事例ではなく、地域に根差した持続可能な創業支援モデルとしての普遍的な価値が認められた証左であった。しかしその裏には「当初は職場内で『遊んでいる』と思われていた」という苦悩もあった。その悔しさを乗り越え、圧倒的な成果で価値を証明した経験が、彼の信念をより強固にした。
2. 支援者としての姿勢 —「寄り添う心」と「活力の循環」
彼の支援姿勢は本質的だ。「どう向き合っていますか?」との問いに、「まずは、話を聞くこと。これに尽きます」と迷いなく答える。何をしたいのか、なぜ為すのか。起業家の内なる声、情熱やビジョンを深く理解する対話を起点としている。まず人として相手を深く理解しようとする姿勢が信頼の礎となっている。
その支援スタイルは、立場に応じて「側面支援」から「伴走支援」へと柔軟に変化させてきたが、その根底に一貫して流れ続けるのが「寄り添う気持ち」である。
興味深いのは、彼が一方的にエネルギーを与えるだけではない点だ。「逆に元気をもらう瞬間は?」との問いに「頻繁にあります」と即答した。「新しい挑戦に向けて目を輝かせている起業家と対話するだけで、純粋なエネルギーを分けていただけます」。この好循環は、支援者個人を支えるだけでなく、コミュニティ全体に前向きなエネルギーを波及させ、挑戦を恐れない文化を育む上で重要な役割を果たしている。
3. 地域への深い洞察 —「産業創造師」としての視座
彼の活動の根底には、生まれ育った故郷・滋賀への深い愛情がある。「若い頃は魅力を感じていませんでしたが、今は違います」。日々目にする琵琶湖の美しい風景が、この故郷を次世代へ継承したいという想いを強くする。この地域愛こそが、彼のキャリアを突き動かす最も根源的な原動力である。
大きな転換点が、平成16年度の「産業創造師」選出だった。「創業支援は『産業創造』の一部でしかないと気づき、何をすべきか悩みました」。この内省を経て、彼の視座は個別の事業支援から、地域経済全体をデザインするマクロな領域へと引き上げられた。
産業創造師として、彼は滋賀のポテンシャルを「地域資源」と「人的資源」の二つの柱で捉える。「しが新事業応援ファンド助成金」の業務を通じて県内各地の豊かな「地域資源」をその目で確かめてきた。そして何より、彼が支援した起業家から売上数億円規模の企業も生まれている事実は、何よりも雄弁に「人的資源」の豊かさを物語っている。近江商人の伝統が息づくこの土地には、挑戦を尊ぶ精神が受け継がれているのかもしれない。さらに、県独自で5回実施したIM養成研修で築かれた強固な支援者ネットワークも、滋賀ならではの強みだと彼は語る。
4. 未来への展望と次世代へのメッセージ
彼の視線は常に未来へと向けられている。現在力を注ぐ挑戦が二つある。一つは、ビジネススクール「グローカルリーダーズアカデミー」を通じた次世代経営者の育成だ。経営者や後継者が確固たる戦略とビジョンを描く場を提供し、地域経済の持続的発展を担うリーダーを育てる。もう一つは「AIの活用」。これまでの経験知と最先端技術を融合させ、支援のあり方そのものを革新しようとしている。それは、支援の効率化だけでなく、これまで見過ごされてきた新たな可能性を発掘するための挑戦でもある。
インタビューの最後に、彼は未来を担う者たちへ力強いメッセージを送った。
支援者のみなさまへ。「地域のグランドデザインを描き、所属機関の役割とご自身の強みをいかに発揮するかを常に思考し、支援に取り組むことが大切です」。これは、常に全体像を意識し、自らの役割を戦略的に捉えることの重要性を説く提言だ。
起業を目指す人々へ。「ご自身の『強み』を見つめ直し、『チャンス』を探ること。第一歩として、実際に起業した先輩と話すことから始めてみてはいかがでしょうか」。これは、冷静な自己分析と人との繋がりから全てが始まるという、実践的な助言だ。
さいごに
彼のキャリアは、滋賀に根差しながら、個別の起業支援から地域全体の産業創造へと役割を昇華させてきた軌跡である。その活動の根底には、システム思考の支援哲学と、故郷への深い愛情が存在する。彼が実行部隊として支えた「グランドデザイン」は、滋賀の未来を照らすだけでなく、多くの地域が抱える課題への希望のモデルケースとなり得る。彼の挑戦は、これからも続く。
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